「・・ごめんね。せっかく街まで遊びに来たのに」
「ううん。ちょっと歩き疲れちゃったしさ」
 昼下がりのクリスマスの街は、どこかいつもとは違う暖かさで満ちていて、道行く笑顔はその暖かさを隣のそれと共有しながらふわりと揺れていた。
 そのせいあってか、薄明かるりの中で寂れた感じの館内はしんと静まっていた。
 丸いドーム状の天井はほのかに光を保ち、そこから中央部まで動かした視線をゆっくりと降ろせば、その空間に違和感なく置かれた機械が無関心そうに自分の仕事を待っている。
 そこにはもう一組の二人組がいるだけで、中央の機械を挟んだ舞達の正面で、彼女らもまたひそひそと耳打ちをしては見合わせてクスリと微笑みを交わしていた。
「ちょうど休憩したいなーって思ってたところだったよ」
 向かい側まで話が届かないようにひっそりと、咲の囁き声が舞へと届いた。
 星空なら自分達の街でいつだって見られるし、何よりこの人工の星空よりも何倍もきれいな夜空が夕凪町には広がっている。
 だから実のところ、せっかく出掛けてきた街で過ごす貴重な時間を、しかもお金を払ってプラネタリウムに費やすことに、舞は少し申し訳なく感じていた。
「本当に?」
「うんッ!ホントホント」
 そう言ってニコリと白い歯を見せる咲の言葉は、決してそんな舞に気を遣って出たわけではない様子。
 むしろ、本当に歩き疲れていてたのかもしれない。
 実際、靴を足元に脱ぎ捨ててぶらぶらと足を揺らすその姿は、なんとも快適にくつろいでいる様子であるのだ。
 そんないつだって自然体で接してくれる咲を見ていると、舞の気掛かりもすぐに小さくなってやがて消えていった。
「・・でも、舞って」
 ・・と、背もたれにその身を預けて咲が言った。
「ホントに星が好きだね」
「ええッ。さっきプラネタリウムがあるって知って、急に来てみたくなっちゃったの」
「うんうん、そういうことあるよ。あたしも急に大空の樹に行きたくなることがあるもん」
 椅子の造りは館内の天球を見上げやすいように特別に工夫されていて、それに目一杯もたれている咲と舞との目の位置は、ちょうど膝枕をした時のような感じになっている。見下ろした視線の下で、咲は二三度大きく頷いて納得していた。
 それから一度館内に目をやって見渡すと、もうすぐ開演だというのに、やはり客は舞達を合わせて二組だけしかいないようであった。
 思えば確かに、今日この時間にプラネタリウムは少しおかしいのかもしれない。
 だから、まだ何も映らない天井を見上げながら笑い合うその二人の変わり者に、自然と小さな親近感が湧いてくる。
 そんな二人にクスリと口元を緩めると、舞もゆっくりと背もたれを倒すのだった。
「大空の樹に?」
「うんッ。大空の樹はあたしの特別の場所だから」
 二人の顔が同じ高さになり、瞳を揺らして二人だけの世界を共有した。
「私も好きかな・・大空の樹」
「舞も?」
「だって、あそこに行けばすごくきれいな風景を描けるし・・」
「うん」
「私たちの街でいちばん夜空に近い場所だから」
「あはは。ホント・・手を伸ばしたら星が掴めちゃいそうだもんね」
「ふふっ、咲ったら大げさなんだから。でも・・」
 可愛らしいことを言う咲をのぞきながら、舞がクスリと返した。
「もし掴めても、きちんと返さなくちゃね。夜空が困っちゃうわ」
 結局これ以上客が入らないまま開演時間に迫ったのか、係員が静かに扉を閉め、それを待っていたかのように中央の機械もゆっくりとその役割に備え始めた。
 そのあまりにも間の悪さに、たった今交わした子供のようなやり取りが周りに聞かれてしまったかのように思えて、舞は自分の言葉にちょっぴり照れ臭くなる。
 だが、そんな彼女とは反対に、至って大真面目に想像を膨らませているのは咲だった。
「ちょっとだけ借りちゃダメかな?」
「えっ?」
「だからね、ほんのちょっとだけでいいから星を借りちゃダメかな?って」
 楽しそうにそう言う咲。
 だってこの二つの椅子は今、二人だけの小さな世界なのだ。
 だから、館内に流れる説明――このプラネタリウムが秋の夜空を始めに一年の夜空を映していくということ。も耳には入っても当然意識には届いていなかった。
 それでも、その柔らかい語りに気を遣い、舞は耳打ちで咲に尋ねた。
「借りてどうするの?」
「聞きたい?」
「それは・・もちろん」
「ええっと・・まずは手から溢れるくらいいっぱい集めて・・・」
「集めて・・それで?」
「それから」
 その先が気になる舞の言葉に一度ニヤリと間を溜め、それからパッと弾けるように咲は続けた。
「こんぺい糖にして食べちゃうんだッ」
「・・って、咲?それじゃ泥棒だと思うけど・・・」
 返ってきた言葉に舞はカクッと折れたように苦笑い。
 そんななんだか呆れられているような視線に、慌てて咲が両手を前に否定した。
「・・って、冗談だよ冗談。ホントは・・・」
「本当は?」
「星座を造るんだッ!」
「えへへ」っと何か秘密を打ち明ける子供のような咲の瞳の中で、さっきまで苦笑いだった舞がクスッと微笑んだ。
 館内はこれからいよいよ照明を落としていこうというところだが、二人は未だ完全に自分達の世界の中。
「それで咲は」
 身をよじらせて、座る位置を確かめ直しながら舞が言った。
「どんな星座を造りたいの?」
「そんなの秘密だよ。当ててみてッ」
「じゃあ・・アイスクリーム座?」
「残念ッ!」
「チョココロネ座?」
「ぶぶーッ」
「・・あっ!ハンバーグカレー座?」
「それもはずれ・・ってちょっと舞?ちゃんと真面目に答えてる?」
「ふふっ、もちろん」
 なんだかからかわれているようで、拗ねた様子でそう言う咲に、舞は口元で笑っている。
 そんな彼女に「もうっ」と洩らして咲が続けた。
「正解はイーグレット座でしたっ!」
「えっ!?」
「だいたいハンバーグカレー座って・・」
 さらに、咲は不満そうにほっぺを膨らませた。
「あたしはそんなに食い意地張ってないんだから」
「でも、さっきこんぺい糖にして食べるって・・・」
「それは冗談なの」
「じゃあ、ハンバーグカレー・・嫌いなの?」
「ううん、もちろん大ーッ好・・・あっ!」
 舞には、食い意地が張った咲なんて思われたくない。
 言いかけた言葉が「うぅ・・」と止まり、たちまち咲の顔が赤くなっていった。
 チラリと見ると、やっぱり舞はいつものようにくすくすと笑っていた。
「・・・そ、それより舞っ!ほら、もう始まるみたいだし静かにしなくちゃ!」
「あっ、本当」
 ・・と、そんな彼女を助けるように説明が終わり、ちょうどいいタイミングで館内の照明がゆっくりと落ちていった。
 それにしたがい、もちろん二人の視界もゆっくりと暗くなっていき、これで咲も一安心。
 一方、ままならない視界の向こうに「ふぅ」と一息つく咲を見つめながら、舞は秘かに胸元で喜びを暖めていた。
 そんなことも知らない咲は、暗闇に紛れて顔を赤くしているのであろう。
「ねぇ、咲?」
「・・な、なに?」
 だが本当のところ、そんな咲の動揺と館内の薄暗さに助けられたいたのは舞もまた同じだったようだ。
 面と向かって、咲の瞳を見つめながらは決して言えない言葉。
「イーグレット座だけじゃ・・ダメ」
「えっ?」
「イーグレットは・・」
 全身に巡り始める恥ずかしさを押さえながら暗闇に後押しされ、舞はなんとかそう言葉にした。
「いつだってブルームが隣にいてくれるから・・空を舞えるんだもの」
「・・舞?」
「・・うっ、ううん、咲。なんでもないの。それよりほら、星がすごくきれいよ」
「まーいッ?」
 慌てて自分の言葉をなかったことにしようとする舞の焦りようにニヤリ。
 咲は舞の熱くなった耳に小さく囁いた。
「星・・もうちょっとだけたくさん借りても大丈夫かな?」
「・・えっ?」
「だって、ブルーム座もね、いつも・・ずっとイーグレット座の隣に居たいみたいだしさッ」
「咲・・・」
「・・えへへ」
 お互いのぼやける輪郭を確かめ合いながら、二人は控えめにはにかみ合う。
 同時に、緊張や羞恥心、二人の火照った体を縛っていたものがフッと消え失せてその体が軽くなったような気がした。
 それは二人だけでこの小さな宇宙に浮かんでいくような感じ。
 ようやく二人が見上げた先には秋の夜空が広がり、刻々と動いていくその夜空は夕凪町のそれとはまた違う美しさを帯びていた。
 二人は小さな宇宙の中でしばらくの間、黙ってそれを眺めながら季節を渡っていった。

「私・・」
 ・・と、やがてプラネタリウムが春の夜空に変わる頃、舞がそっと言った。
「暗いところも好き」
「んっ?どうして?」
 その言葉に一度咲が横目を流すが、舞は真っすぐに星空を眺めている様子。
 咲もすぐに星空を眺め直して、耳の意識だけを舞の囁きに向けた。
「ふふっ、当ててみて」
「・・・じゃあ、星空が好きだから?」
「・・うーん、惜しい」
「夜景がきれいだから?」
「それも、惜しいかしら」
「あっ!」
 閃いた咲は手のひらをポンッと打った。
「花火が見れるから?」
「それも惜しいっ」
 ・・が、それも違ったようだ。
 それより、惜しいが三回も続けば本当に答えがあるのか疑いたくなる。
 咲はちょっぴり不満そうに口を尖らせた。
「・・で、答えは?」
「ふふふ、秘密ッ」
「ちょっと、ま・・ぃ?」
 思わず大きな声を出してしまいそうになる咲。
 その弾む唇をチャックするように、舞の人差し指がスーッとそれをなぞった。
「ねぇ、咲?」
 それからその指を北の春空に伸ばして言う。
「ちゃんと覚えてる?」
 もちろん覚えている。
 暗がりの中はっきりとは見えなくても、舞がどこを、いや、何を指差しているのかはすぐに解った。
 北の空で一際明るく瞬く星。
「もちろん覚えてるよ。『マイ』でしょ?ホントにずっと見れるんだね」
「・・咲ったら。一年中見れるって言ったじゃない」
「あはは、そうだった。でも最近、なぜか星がよく見えるよね?」
「それは、冬は空気が澄んでるからね」
「そうなの?だからさ、毎日眺めてるんだよ」
「本当?」
「ホントだってば」
 久しぶりに二人の目が合うと、そっと額をあわせる。
「舞は今どうしてるのかな?マイを眺めてるのかなって」
「ふふっ、きっと眺めてるわ。だって・・」
 その星を指差していた舞の手が次の行き場を探し、すぐに咲の手を見つけた。
 いつもとは違ってそっと撫でるように重ねただけの舞のすらっとした手が、二人が繋がっていないようできちんと繋がっている感覚を思わせた。
 決してそれが嫌なわけではないが、いつもとは違うことが小さな違和感になる。
 すぐに咲が指を絡めて繋ぎ直そうとするが、「・・咲・・・」とだけ囁き、再び舞がチョンと重ねる繋ぎ方に戻した。
「・・うん」
「ありがとう」
 それから再び二人は北の一点をうっとりと眺めた。
 実際にいつも見ている星が、この小さな宇宙にもきちんと忘れられていないことがちょっとした喜び。
 あの星の名前は――

「・・私も毎晩・・・『サキ』を眺めていたから」
「ホントに?」
「ええッ!」



「でも、あたし達の絆なんだから、やっぱり二人でつけようよ」
「じゃあ・・・」
 あの日、満面の笑みでそう言った咲に、舞はそっと肩を寄せた。
「二人で、二人だけの名前を決めましょ」
 もたれるように寄り掛かる舞を支えようと、咲も肩を寄せて頭を預かる。
 そんな二人を見下ろしながら、確かに二人の絆は輝いていた。
「舞は何かいい名前・・考えてた?」
「ううん、咲に任せるつもりだったから・・今から考えるところ。咲は?」
「えへへッ」
「考えてるの?」
 そう笑う咲は顔が近すぎて見せられない笑顔の替わりに、回した手で舞の背中をポンッと叩いた。
 それから夜空を見上げながらそれを発表するが...
「あの星の名前は・・・」
 もちろん、あっさりと却下されてしまうのだった。

「ちょっと舞?あたしに決めて欲しいって言ってたでしょー?」
「それはさっきまでの話でしょ?二人で決めるって咲が言ったんだから」
「じゃあ、ご褒美は?あたし今日・・すっごく頑張ったんだからね」
 咲には何だかすごく納得いかない展開。
 隣で口を尖らせて拗ねているその姿にクスリと洩らすと、舞は鞄を探った。
「ご褒美は」
 取り出した袋にはパンパカパン特製のチョココロネ。
「これでどう?」
「あっ、チョココ・・って今日ばかりはそれじゃ納得しないんだからね」
「それじゃあ私・・一人で食べちゃうけどいいの?」
「・・べ、べつにいいよ。あたしは毎日食べれるんだから」
「そっ」
 それなら遠慮なくと一口。
「じゃあ頂きますッ」
「・・あぁっ」
 舞は、情けない声を出して見つめる咲に、わざとらしく笑いかけた。
 それから「本当に全部食べちゃっていいの?」と問うと、咲は唇を噛み締めて頷く。
 それほど譲れないものがあるようだった。
 だが結局、咲は差し出されたチョココロネを頬張ったし、それが決着がつかないまま帰ることになっても、その帰り道、しつこくそれを『マイ』と呼んだ。
 それはその星の向こうに見る大切な人を想うから。
 でも、同じ想いだから、譲れないものがあるのは舞もまた同じ。
 次の日、舞は咲に会うなり真っ先に、あの星は『サキ』だと宣言した。
 その日から、どれだけ言い合っても決着つかず、二人は勝手に自分の決めた名前でそれを呼び続けている。
 だから、あの絆の名前はまだ――
 決まっていない。



 プラネタリウムもやがて終わりに向かい、最後に夏の夜空の下、織姫と彦星の有名な話が語られていた。
 夜空の主役はすっかり天の川に奪われてはしまったが、北の夏空にはやはり二人の絆が輝いていた。
 だから、宝石箱をひっくり返したような無数の光で溢れるこの宇宙の中でも、二人がそれを見失うことは決してなかった。
 だってその先に大切な人を見ているのだから。
「・・天の川の位置には」
 ・・と、夜空を眺めながら、ふと咲が囁いた。
「気をつけなくちゃね?」
「えっ?」
「星座を造るときだよ」
 聞き返した舞に、少しだけ照れながらそう返す。
 どうやら彼女は、気をつけなくては、天の川は神話になるほどの大きな壁となって二人に立ちはだかることになりかねない。と言いたいみたいだ。
「ふふっ、咲は何が気掛かりなのかな?」
「だからぁ、天の川はまずいってこと」
 でも、大丈夫。
 何かを思いついた舞が、暗がりの向こうでおそらく心配顔の咲に優しく微笑みかけて言った。
「じゃあ、やっぱり星を借りるのは少しだけにしましょ?」
「どうして?」
「だって、星座にはね」
 うっとりと夜空に添えた言葉が優しく二人を結ぶ。
「同じ星を共有してる星座だってたくさんあるの」
「そっか・・」
「ええッ」
「星・・たくさん借りなくてもよさそうだね」
 それ以上何も言わなくても、舞の話は伝わった。
 星を共有していればいつだって二つの星座は一つ。
 離れ離れになることなんかないし、天の川にだって引き裂かれることはない。
 そして、二つの星座を、二人を繋ぎとめるべき星はもう既に、夜空で煌めきながらその完成を待っていた。
 だから、きっとその場所が手となって二つの星座が宇宙に舞うのだろう。
 小さな宇宙に想いを託し、そっと手を重ね合ったまま二人はその世界に酔い痴れる。
 そんな二人を存分に楽しませてくれたプラネタリウムもとうとう終わりを迎えようとしていた。
「他にまだ何か気掛かりはある?」
「じゃあ、もう一つだけ」
 だから、それは明かりが点き始める前にどうしても聞いておきたかったことだった。
「さっきのさ、舞が暗いところも好きだっていう理由・・聞きたいな」
「・・そ、それは・・・」
「教えてよ。ねっ?だって普通は暗い所って怖いよ?」
「・・好きなのは・・・咲といる時だけ」
「へっ?」
 そう返した自分の言葉がたまらなく恥ずかしい。
 急に昇ってきた熱が俯いた舞の頬をカーッと赤く染めていった。
「咲と」
 それでも、またもや暗闇の助けを借りてその言葉を伝えることができた。
「一つに・・なれるような気がするから」
 もちろん咲にはサッパリ意味が解らないから、唇をつまみながら首を傾げ、頭の上でハテナを掲げている。
 そんな咲が目に見えるようで、顔を赤く俯いていたはずの舞がクスッと小さく吹き出してしまった。
 どうやらこの薄闇に、この星空に、それから咲の自然体な姿が、知らないうちに舞の緊張をすっかり解いてくれていたようだ。
 だから、咲が口を開く前に、その想いを続けることができた。
「・・暗いとね、お互いの姿ははっきりとは見えないでしょ?」
「うん」
「でもそこには確かに咲は居るし、私も居るの」
「それは・・確かに・・・」
「だから、咲も私も・・体と心の境界がぼやけ始めて」
 片手を胸に目を閉じる。
 弾んだ鼓動がもう一方の手を伝い、咲に伝わればいいと願った。
「一緒にいると・・なんだか咲と一つになれる気がするから」
「・・うーん・・・」
「・・ちょっと変よね?でも、これが私が咲となら暗いところも好きな理由かなッ」
 星空が消え、照明がゆっくりと点いていく中、咲はなんだか難しい顔でいた。
 その感じはすごく分かるような気もするが、なんだか言葉にするのは難しい。
 それでも、言われてみれば舞と一緒なら暗いところも心地よかった気がした。
「あたしにはちょっと難しいかな。でも、その感じはすごく分かるよ。舞と一緒ならすごく落ち着くときがあるし」
「本当に?」
「うん。でも・・」
 待ちきれなかったのか、指を絡めて手を繋ぎ直して体を起こす。
「やっぱりあたしは明るいところが好きかなッ」
「ふふッ、咲らしいね」
「えへへ」
 目蓋の向こうに光を感じ、目を開けた舞の目の前には、ニコリと白い歯を見せる咲がいた。
 その笑顔が舞にも移り、繋いだ手に引っ張られるようにして体を起こした。
 見渡すと、少し前までの宇宙は再び元の薄明るさを保った寂れたドームに戻っていて、中心の機械は相変わらず無関心そうに休憩に入っているし、その向こうに座る二人組 も相変わらずひそひそと話していた。
 そんなまるでここだけ時間が止まっているかのような空間で、真っ先に動いたのはやはり咲だった。
 放り出して靴を履いて立ち上がると、グーッと伸びをして大きく息を吐く。
 それから慌ただしくポーチを肩に掛けると、ニコリと舞に手を差し出した。
「咲ったら。そんなに慌てなくても」
「だって、お腹が減っちゃったんだもん」
「ふふふ、じゃあ・・何か食べましょ」
 つられて舞もゆっくりと立ち上がって着衣を直し、お揃いのポーチを肩にかける。
 それから、さりげない笑顔を見せてキュッと咲の手を取った。
「よーしッ!出発ッ」
「・・って、さ、咲!?」
 思った以上に勢いよく一歩を踏み出した咲に引っ張られ、つまずいて転びそうになるがなんとか体勢を立て直して流れに乗った。
 その身を咲に任せながら、中央の機械の隣を通って例の二人組の隣を抜ける。
 その際に、機械に小さくありがとうと囁き、チラリと目線を流すとその二人組がしっかりと手を繋いでいたのが見えた。
 ここにも舞の胸にちょっとした親近感が咲いた。
 目をやると、自分達も同じように今、指を絡ませて繋がり合っている。
 やっぱりこうやって堅く手を結ぶのもまたすごく落ち着き、心地いいと思った。
「さーきッ」
「んっ?」


 クリスマス。道行く人は幸せで満ちていて、その表情は皆輝いている。
 それは一つの星のよう。
 そんな人々で街はごった返している。
 それはまるで天の川。
 そんな光で溢れている慣れない街の中をすり抜けていくのは二つの星座。
 二人を繋ぎ、共有し合う絆の星はその手の中で一際明るく輝いていた。
「ううんッ、何でもない」
 そう言っていつものように微笑むと、舞はいつもより半歩だけ咲の近くを歩いてみた。



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